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職業: 東京/ 世田谷/ 用賀の税理士 映画批評日誌
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小津安二郎と高度1200メートル
 小津安二郎と私の縁は、「蒲田」と「蓼科」だろう。私が最初に就職した会計事務所は蒲田にあり、その裏が松竹撮影所跡だった。そして蓼科は主にスキーのインストラクターのアルバイトをしていた場所だ。

 会計事務所とか税理士といった仕事は探偵のようなものを想像していただければよい。
 ヴェンダースのハメットの探偵のような感じだ。
 そしてなんとも運命的だが、私が最近東京都の公売で落札した土地も北蓼科にある。

 小津と私の生活テリトリーは似ているのだ。

蒲田で仕事をするということは、何を意味するか。

 蒲田は京浜東北線で川崎の橋を渡ると唐突にあらわれる。決して「きれい」な街ではない。開かない踏み切り、排気ガス、ピンクサロンの看板、汚い雑居ビル。

 発砲スチロールに盛られた土の中に生きていくしかないといった閉塞感がある街だ。

昼にほかほか弁当のから揚げ弁当の列に並び、おそらく多摩川の水をバクテリアで曝気したカルキ臭のする水を飲む。

 そして夏になれば、潮の香りが漂い、夜になればムンとした暑さがコンクリートから立ち上がる。

 おそらく東京都民が単独処理浄化槽が合法だった時代にあふれ出したし尿や生活排水が一番汚く漂う吹き溜まりの街が蒲田だったのだろう。多摩川には洗剤の泡が浮いていたそうだ。

 もはやきれいさを放棄していたのだ。

 このような街で生まれた小津安二郎の映画にはそのトーンに独特の「くすみ」がある。この吹き溜まりの街で一番美しいのは人間の情だろう。


 蒲田の中に「品のある花」が咲いている、その美しさ。それは発泡スチロールに盛られた土に日射しの中で日向ぼっこしてのびているネコを発見して、ほっとした気分に襲われることにも似て、またはムンとした夏のコンクリートとエアコンの排気の熱のうずく夜に同僚と屋上ビアガーデンでソーセージと生ビールを飲みながら、日ごろの鬱憤を言い合うすがすがしさとも言え、失われた「人間としての品性」を取り戻すことへの道程を強く感じることができる不思議な街なのである。

 小津安二郎の映画に出てくるその品性は叙情的であり、蒲田の空気に時折まざる冷たい潮風のごとく衝撃的だ。

 そして近くの羽田空港から飛行機が急旋回をして上がっていく。車輪を出したまま飛んでいく低空のジャンボ機やボーイング767は、あのジム・ジャームシュの映画や、ヴィム・ヴェンダースの映画に出てくる金属的な照り返しを浴びて飛んでいく飛行機と似ている。

羽田空港から離陸する飛行機は必ず急旋回する。そして見えてくるどす黒い空気に混ざって光る街が蒲田だ。

 これから、あなたは沖縄に行くのか、北海道に行くのか。小津安二郎の場合は蓼科だった。

 蓼科という街の高度1200メートルと言うすがすがしさは、蒲田から離陸する飛行機が急旋回を終えて、シートベルトのサインが消える高度なのかもしれない。

 蓼科の山荘での晩年の作品は、おそらく1月末から降るパウダースノウと3月上旬からのべた雪と雪解けによる氷(アイスバーン)の道路、ディーゼルエンジンの車やバスといった旅情の中で考えられたのだろう。

 テオ・アンゲロプロスの映画、『ユリシーズの瞳』での雪道、ディーゼルエンジンの車は旅情を感じずにはいられない。蓼科山や霧が峰といった山から下りてくる冷たい霧は谷に集まり、すべてを隠してくれるのだ。
霧の中でインスタントラーメンの塩味にゆで卵を入れて食べることも旅情の中では許される。
 
 そしてそれは悲痛な叫び声や吐き気に変わるかもしれない。霧は残酷でもあるのだ。

しかし、私はまた小津安二郎の映画を見るだろう。その仕事がまとめられた権威有る書物も山積みされている。小津を知り、高度1200メートルの世界をどう描いたのかを知ることは決してあなたの映画作りの道程で損にはならない経験となるだろう。

監督 小津安二郎
蓮實 重彦 / 筑摩書房
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 テオ・アンゲロプロス全集 I~IV DVD-BOX II
/ 紀伊國屋書店
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by oshiba5555 | 2005-05-29 06:54 | 日本の映画監督
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